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ズラタン・イブラヒモビッチ 中編~I came like a king, left like a legend~【特集】

今回はACミラン所属のズラタン・イブラヒモビッチ選手について書いていきたいと思います。1回では書ききれない為、3回に分けていきます。

 

2回目はインテルパリSG時代(2006-2016)です。

 

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Getty Images

一回目はコチラ↓↓

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①真のゴールゲッターへ

ユベントスの降格によりインテルに移籍したイブラヒモビッチ選手は「真のゴールゲッター」へ覚醒していきます。膝の怪我に悩まされながらもゴールを量産。3シーズンで公式戦66ゴールを挙げ、2008-2009シーズンには馬が合ったモウリーニョ監督の元25得点をあげセリエA得点王に輝き「世界最高のセンターフォワード」の座を不動のものとしました。

また自身のプレースタイルも徐々に中央に寄ることに。ドリブルは減ってくるものの巧みなポストプレーでチームの押し上げを促すプレースタイルに変わっていきます。

しかしチャンピオンズリーグでは不発。3年連続でベスト16で敗退することとなります。自身も思ったような活躍が出来ずユベントス時代も2年連続ベスト8で敗退していることからビッグイヤーへの渇望が強まっていきます。

そして2008-2009シーズン後ビッグディールが成立します。前シーズン前人未踏の3冠を達成し、世界最強チームとも評されていたグアルディオラ監督率いるバルセロナへの移籍。CLタイトルに最も近く内容も素晴らしいサッカーを展開するバルセロナへの移籍は、イブラヒモビッチ選手にとって全てを満たす契約でした。

 

②名将との確執

しかしこの移籍は大きな失敗となってしまいます。序盤は順調にゴールを重ねるも、メッシとのコンビはイマイチで切り替えの守備も熱心ではない。結果は残すものの自身が望むサッカースタイルとの差を感じたグアルディオラ監督はイブラヒモビッチ選手との距離を開けていきます。その末に生み出された「メッシ0トップ」により、イブラヒモビッチ選手は完全に構想外に。僅か一年でチームを去ることになりました。

「アイツは俺から逃げ隠れる。臆病者だ。監督としては怪物と言ってもいいかもしれない。だが男としては……ね。」

再出発の行先は、プレーし慣れたイタリアセリエAの名門ACミラン。近年ライバルインテルに後塵を許し続けていた名門復権の切り札として招かれました。そのインテルの黄金期を作ったのも彼なのが凄い所なのですが。

そしてイブラヒモビッチ選手獲得の効果はいきなり表れます。初年度でのリーグ優勝しインテルの連覇を阻止。7シーズンぶりのスクデットに大きく貢献しました。

自身も所属したチームで8年連続でリーグ優勝(アヤックスACミラン)するなど、「優勝請負人」という肩書も強調されたシーズンでした。

 

③I came like a king, left like a legend

しかし次のシーズンは自身2度目のセリエA得点王を獲得しますが、ユベントスとの優勝争いに敗れ2位に終わり、連続優勝記録が途絶えました。そして前々から表面化していたチームの財政難が深刻になります。その為高額な選手を売却する必要性に迫られ、イブラヒモビッチ選手も対象になり同僚のチアゴ・シウバ選手と共に「金満クラブ」となったパリSGに移籍することとなります。

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「ここの選手はよく知らない。が、奴らは俺のことをよく知っているだろ。」

パリでは絶対的なエースとしてチームに君臨。正に「王」としてチームを引っ張りました。リーグアンでは在籍した4年全てでリーグ優勝、2年連続国内3冠とタイトルを独占し、自身も3度の得点王に輝きます。

ただ悲願のチャンピオンズリーグ優勝はここでも叶わず契約満了にて退団。

しかし去り際の言葉も彼らしいです。

「I came like a king, left like a legend(俺は王としてやって来て、伝説として去る)」

 

そしてフリーとなった彼の動向が注目されることとなります。

 

では

 

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