きちのうすめ雑記

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ジャンルイジ・ブッフォン 中編~批判を跳ね返したドイツW杯~【特集】

今回はパルマ所属のジャンルイジ・ブッフォン選手について書いていきたいと思います。

 

1回では書ききれない為、3回に分けていきます。

 

2回目はユベントス(2006~2017)時代です。

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Getty Images

1回目はコチラ↓↓

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①批判を跳ね返したドイツW杯

カルチョ・スキャンダルの批判の中始まったドイツW杯。イタリアはブッフォンカンナバーロ選手を中心に強固な守備を展開し、強豪ひしめくグループステージを突破。

さらにヒディンク監督率いるオーストラリアを退場者を出しながらも撃破、そしてベスト8では躍進したウクライナを一蹴すると、開催国ドイツとの準決勝は延長戦での2ゴールで勝利します。そして決勝ではフランスとのPK戦を制し、見事にW杯制覇。前述した批判が吹き荒れる中での精神的支柱としての働き、そして失点はOGとPKのみという完璧なパフォーマンス。さらに日替わりに表れるヒーローと正にこの大会は苦境に立つイタリア代表の名誉挽回の為にある大会であったと言えます。

ブッフォン選手は最優秀ゴールキーパーとしてレフ・ヤシン賞を受賞。結果的にバロンドールはチームメイトのカンナバーロ選手が受賞することとなりますが、キャリア最高の輝きを見せたと思います。

 

②クラブへの忠誠と勤続疲労

しかし大会後は厳しい現実が待ち受けていました。「チームの解体」、2部に落ちるキャリアはスター選手には受け入れがたく、カンナバーロテュラムザンブロッタ、エメルソン、ヴィエラ、そしてイブラヒモビッチと数々のビッグネームがチームを去ることとなります。

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ただブッフォン選手はデル・ピエロネドベドトレゼゲ等と共に2部で戦うことを決意し、デシャン監督の元で僅か1年で1部に戻る事に成功します。

それでもかつての強さを求め戦力を買い集めるも上手くいったのはほぼ皆無。4年でチャンピオンズリーグ出場権を得たのは最初の2年のみと迷走を続けることとなりました。

ブッフォン選手も長年の勤続疲労がたたったのか怪我での離脱が増え、連覇を狙った2010年のW杯では初戦のパラグアイ戦で腰を痛め以後出場は無しと、不本意な結果に終わりました。(チームはグループリーグ敗退)

 

ビッグイヤーへの思い

そんなユベントスの迷走を止めたのは「かつての同僚」コンテ監督でした。このクラブを知り尽くす闘将は瞬く間にチームを掌握。就任1年目にセリエA無敗優勝を果たす快挙を成し遂げます。ブッフォン選手も完全に調子を取り戻しベテランならではの安定したセービングを披露。

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またコンテ監督が退任した2014-2015シーズンにはアッレグリ監督が就任し、就任5シーズンで全てセリエA優勝を果たすなど黄金期を迎え、ブッフォン選手もBBBC(ボヌッチバルザーリブッフォンキエッリーニのユニットの略)の一角として堅守を支え、2015-2016シーズンにはセリエAにおける無失点記録を更新する「974分」の無失点記録を達成、翌シーズンにはセリエA通算600試合出場を達成する等数々の記録を打ち立てます。さらにプレー面でも足元の技術が飛躍的に上がり所謂「現代型」GKにアップグレード、その向上心には頭が下がります。

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しかしチャンピオンズリーグでは2度の決勝進出を果たすもバルセロナレアルマドリードの軍門に振り、自身は3度の決勝を経験するもあと一歩及ばず次第にビッグイアーへの想いは募ることとなっていきます。

代表では並み居るライバルの挑戦を跳ね返し2012年のユーロでは決勝に進出。そして2018年のW杯を持って代表引退を発表。最後の大舞台に向かうこととなりました。

 

では

 

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