今回は今シーズン限りのマンチェスターシティ退団が決まったセルヒオ・アグエロ選手について書いていきたいと思います。
1回では書ききれない為、3回に分けていきます。
2回目はアトレティコ・マドリード~マンチェスターシティ(2010~2012)時代です。
1回目はコチラ↓↓
①泥を塗るような形で去る
アトレティコでのリーガ優勝を目指していたアグエロ選手でしたが、2010-2011シーズンは開幕からフォルランが指揮官と対立しベンチスタートが増える中、不調に陥ります。8試合連続ゴールもあり最終的には大台の20得点に乗せるも、チームは5位に落ち込みチャンピオンズリーグ出場権すら得ることは出来ませんでした。
浮上する気配のないチームにアグエロ選手はついに移籍希望を出すことになります。その発表にクラブは強硬な姿勢を貫いていましたが遂にマンチェスターシティの移籍が決定ました。移籍金は4500万€と高額で財政面では潤ったもののアトレティコ側のショックは計り知れず当時のセレソ会長は、
「アグエロは泥を塗るような形でアトレティコを去った唯一の選手だ。英雄としてやって来たのに、扉を閉ざすように退団していった。」と振り返っています。
ただ当時のシティも直近のシーズンではチャンピオンズリーグ出場権を得る等それなりの結果は残してはいたものの、当時のプレミアリーグはマンチェスターユナイテッド、チェルシーが上位を牛耳っており、シティはアーセナル、リヴァプールと並ぶ第2グループに過ぎませんでした。
②優勝を決定させるゴール
しかし加入からアグエロ選手は見事にチームにフィットし、ゴールを量産します。デビュー戦での2得点1アシストの衝撃は勿論のこと、ナスリ、ダビド・シルバ、ジェコ等との連携も抜群でリーグ最高峰の攻撃陣の中心として活躍します。
後半戦では起用法などでマンチーニ監督と揉めていたテベスも合流し、追撃態勢が整うとユナイテッドの取りこぼしもあり勝ち点差を縮めます。そしてマンチェスターダービーでの勝利で首位に返り咲くと、勝利すれば優勝する最終戦に臨みます。
しかし残留の為に必死なQPRの驚異的な粘りに押され1-2のまま後半アディショナルタイムへ。敗北濃厚の中、ジェコがまず同点ゴール。そしてアグエロ選手が正に「最後のワンプレー」で劇的な優勝を決定させるゴールを挙げシティの44シーズンぶりの優勝に大きく貢献しました。自身もこのシーズンで23ゴールを記録し、僅か1年でシティのエースとして君臨することとなります。
しかしそのシーズンはその後の活躍を見ると、まだまだ序章に過ぎませんでした。
③エースになりきれない
ただ代表でのアグエロ選手の存在感はシティのそれではありませんでした。良くも悪くも「メッシのチーム」になっていたアルゼンチン代表では存在感を放つことが出来ませんでした。
2010年の南アフリカW杯では絶対的なスタメンではなく途中出場がメインでイグアインとテベスに後塵を許した形になり、2011年のコパ・アメリカではボリビア戦での同点ゴールやコスタリカ戦での2ゴールなどインパクトを残しましたが、チームは準々決勝でPK戦の末敗退しビッグタイトルをもたらすことは出来ませんでした。
ただまだこの時は22~23歳で致し方ない部分があり、メッシ、アグエロが成熟する時にはアルゼンチン代表の黄金期の始まりであると誰もが思っていました。
では
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