今回は日本代表の過去のアジアカップでの記録、そして記憶に残ったことを書いていきます。
3回目は「2007 日本代表」です。

結果:4位
vsカタール △1-1
vsUAE ○3-1
vsベトナム ○4-1
vsオーストラリア ○1-1 PK4-3
vsサウジアラビア ●2-3
vs韓国 ●0-0 PK5-6
主な布陣

①教え子と活躍した欧州組の融合
この大会は現在のフォーマットにもなっているW杯の翌年開催が初めて試みられた大会で、アジアカップ史上初めて複数国の共同開催(4か国)となりました。
そんな中で日本代表はオシム監督の下、哲学をより理解しているジェフ千葉の選手を中心に新しい試みに取り組んでおり魅力的なサッカーを展開。
実際アジアカップでも千葉の選手は4選手が選出(怪我が無ければ水本も選ばれていると思われます。)され、欧州組は当時リーグで結果を残していた中村(セルティック)、高原(フランクフルト)が選出。
教え子と活躍した欧州組の融合を試み、アジアカップ3連覇を狙う大会となりました。
②W杯のリベンジを果たす
そんな中行われた初戦は高原のゴールで先制するも後半終了直後にフリーキックから同点弾を浴びドローで決着。不安の残るスタートとなりましたが、2戦目のUAE戦では前半だけで3得点を奪う圧巻の内容で快勝を果たすと、3戦目のベトナム戦ではオウンゴールで先制を許すものの前半の内に逆転を果たし貫禄とも言える勝利。
見事に首位でグループリーグ突破を決めます。
ただ準々決勝の相手はこの大会からアジア枠となったオーストラリア、しかも2006年W杯で逆転負けを喫した強豪チームであり今大会でも優勝候補に。
試合は後半にお互いに得点を奪いそのまま延長、PK戦に。オシム監督が「心臓に悪い」とロッカーに引っ込むほどの緊張感となったPK戦は川口が2本連続でPKをストップする活躍を見せ見事勝利。W杯のリベンジを果たすこととなりました。
③未完となった日本のサッカーの「日本化」
しかし続くサウジアラビア戦では2度追いつくもまさかの逆転負け。更に3位の韓国戦にも敗れ4位で終了することとなりました。
この大会で感じたのは「仕掛けの少なさ」と「ボールの保持の為のビルドアップ」が目立った事です。中盤にはテクニカルな面子が揃うも皆司令塔タイプで仕掛けることはほぼサイドバックに任せることに。
さらに彼らのパスワークは素晴らしいものの、本来攻撃の段階を踏むためのビルドアップはボール保持のために行われる事に。必然的に決定機は減っていきフィニッシュはこの大会得点王になった高原に依存。またパス回しに固執するあまりカウンターの脅威に晒される事になり守備陣に大きな負担をかけることとなりました。
就任時に日本のサッカーの「日本化」を掲げたオシム監督の哲学はこの段階では浸透しきっておらず多くの課題を見せることとなるものの、希望は見せていました。しかしオシム監督はその後病に倒れることとなり未完に。
たらればを言えばキリはないものの、オシムジャパンの完成形は本当に見たかったです。
では
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