きちのうすめ雑記

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【訃報】野村監督~野球は頭でするもの~【プロ野球】

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2月11日「名将」野村克也さんが亡くなりました。

野村監督と言えば「ID野球」を引っ提げヤクルトの黄金期を築き上げた監督でしたが個人的にはやはり阪神の監督を務めた1999年~2001年が思い浮かびます。

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出典 news-labo.net

①救世主

当時阪神は「暗黒期」でした。最下位は当たり前で常に6月にはペナントレースが終わっている状態でした。その中での野村監督の就任は正に「救世主が現れた」となりました。IDの活用という先進的な考えを持ち、尚且つ弱いチームを強くした実績は当時の阪神にはうってつけの人材だったと思います。

 

②緻密な采配

就任後目に見えてわかったのはその緻密な采配でした。選手の相性を考えスイッチする「葛西・遠山スペシャル」得点力不足を補うために考案された、機動力を促進させるユニット「F1セブン」など奇抜ながら理にかなった采配でファンを沸かせました。また相性が悪いとされた新庄選手を使いこなし自己最高の成績を収めさせるなど選手の能力を伸ばす手腕は流石だなと思いました。投手起用はその一環だったのはびっくりしましたが。

 

③土台作り

しかし3年間希望を持って見守っていましたが待ち受けたのは厳しい現実でした。3年連続最下位です。野村監督でも無理か、、、と絶望的になったのは覚えています。

しかし阪神は2003年星野監督の元、リーグ優勝を果たします。そこには野村監督が見出した赤星選手、矢野選手、井川投手などの力が大きかったです。「優勝への土台作り」あの3年間は結果的にとても大きなものになりました。

 

野村監督の影響は今の野球界に確実に与えています。阪神の矢野監督、ヤクルトの高津監督、中日の与田監督、楽天の三木監督、西武の辻監督、日本代表の稲葉監督など数々の教え子達が日本球界の中核を担っています。

プロ野球に多大な功績をもたらした野村監督。

 

ご冥福をお祈りしています。