きちのうすめ雑記

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JFK~鉄壁のリリーフ陣~【プロ野球】

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出典:スポニチ Sponichi Annex

阪神のキャンプニュースを見ていたら懐かしい方々が集まっていました。

2005年~2008年に岡田監督の元、勝利の方程式として結成され長年活躍した「JFK」の三人が再び集まりました。私にとっても感慨深いものがあります。

 

①FKの台頭

当時2003年の優勝に多大な貢献をしたウィリアムス投手に対して藤川、久保田両投手はまだ駆け出しの投手でした。久保田投手は起用法が安定せず、藤川投手は大きな期待はされながらやっと芽が出始めたばかりの状況でした。

その状況での藤川投手のセットアッパー、久保田投手のクローザー固定は懐疑的な目が少なくはありませんでしたが、共に素晴らしい投球で周囲を認めさせ岡田監督の絶対的な信頼もあり固定され「勝利の方程式」として確立されました。

その方程式を新聞がそれぞれの頭文字を取って「JFK」が誕生しました。

 

三者三様の特長

まずウィリアムス投手はやはり変則的なフォームから繰り出される変化量が大きいスライダーでしょう。右打者が空振りした球が体に当たるというあり得ない光景を見たのはこの投手ぐらいでした。2005年ぐらいからストレートにも磨きがかかりスライダーもややキレ重視になり不動のセットアッパーとしての地位を気づきました。

藤川投手は今でも代名詞になっている「浮き上がるストレート」です。わかってても当たらないストレートは江夏投手や江川投手をリアルタイムで見たことがない当時の私にとってとてつもない衝撃を与えました。

久保田投手はその投法です。野茂投手の代名詞である「トルネード投法」に近く特徴的でした。またそこから繰り出すストレートは威力抜群でいわゆる「重い球」で、ピンチを招く場面も多いながらも動じない強心臓も武器の一つでした。

また3人に共通しているのは全員150㎞を超える球を投げられることです。今でこそスタンダードですが当時は「対阪神は6回までが勝負」と評されるほど圧倒的な存在感でした。

 

③終焉と現在

この「JFK」は投げる回は違えども4年間続きました。寿命が短いとされる中継ぎ投手の年数としては異例であると思います。しかしその間に持ち上がった問題は過度な依存による登板多過でした。

登板数

2005年 ウィリアムス 75試合 藤川 80試合 久保田 68試合 計223試合

2006年 ウィリアムス 47試合 藤川 63試合 久保田 47試合 計157試合

2007年 ウィリアムス 60試合 藤川 71試合 久保田 90試合 計221試合

2007年 ウィリアムス 55試合 藤川 63試合 久保田 69試合 計187試合

とんでもない酷使ですね、、、。赤字は当時のシーズン最多登板で久保田投手の90試合は未だ破られてはいません。まあ当時のチーム状況から考えると理解できなくもないですが、、、。

その後2009年にウィリアムス投手の怪我、久保田投手の先発転向でJFKは解体されました。しかし阪神史上最高のトリオであることには疑いの余地はないでしょう。

現在ウィリアムス投手は駐米スカウト、久保田投手はプロスカウトとして働いています。藤川投手は言うまでもなく現在のタイガースの不動のクローザーとして君臨しています。時代を彩った3人が再び終結、戦うフィールドは違えども感慨深いものはあります。益々の活躍を期待したいです。

 

では