今回は自分が知っている範囲で、阪神タイガースヒストリーを書いていきたいと思います。
今回は「1998年」です。

52勝83敗0分 450得点589失点 6位
①大胆なトレードと首位打者の獲得
前年吉田監督が3度目の監督に就任し、3年ぶりに最下位から抜け出したチームは諸力選手であった関川選手と久慈選手を、中日の矢野選手と大豊選手とトレード。より打撃力に舵を切った大胆な強化に着手すると、前年度まで中日に在籍し3年連続首位打者に輝いた実績のあるパウエル選手を獲得。
またクローザー候補としてリベラ投手、長打力には欠けるもコンタクト力に優れるハンセン選手をカブスから獲得する等強化には余念がなく、彼らに新庄、桧山選手が加わる中軸には大きな期待が寄せられていました。
因みにこの年に後にエースとして大活躍する井川投手が入団しています。
②球団史上最悪の12連敗も
大きな期待の中シーズンは始まりますが、開幕戦となる横浜戦で完封負けを喫すると、その後も敗北が続き開幕3連敗。特に打線が振るわずパウエル選手は首位打者の見る影なく、次第に結果を残していたドラフト4位で入団した坪井選手にポジションを奪われる事に。さらに新庄選手が極度の不振に陥り、桧山、大豊選手は本塁打こそまずまず出るも低出塁率に悩まされる事に、ハンセン選手は前評判通りのコンタクト率を発揮することなく守備難を露呈する事となり当初のプランは完全に崩れることになります。
その悪影響は続き、5月から6月にかけ甲子園で球団記録となる12連敗を記録。早々に優勝の芽が消滅すると、8月の死のロードではこちらも球団記録となるリーグ戦12連敗を記録し最終的には「いつもの通り」最下位でシーズンを終えることとなります。
ただ野手では前述した坪井選手はヒットを量産し、その振り子打法から「虎のイチロー」として首位打者争いを繰り広げることに。また2年目の今岡選手が自信を付けたのか主軸として定着し、新加入の矢野選手も正捕手としてマスクを被り続けました。
一方投手陣は藪、川尻投手の2本柱の奮闘が目立つことになり、共に二桁勝利を挙げることに。特に川尻投手は5月26日対中日戦でノーヒットノーランを記録する等印象的な働きを行いました。
また弓長投手が中継ぎの軸としてセリーグ最多登板&防御率1点台と申し分ない活躍。伊藤、葛西投手と共にブルペンを支えると、リベラ投手はクローザーとして27セーブを記録。それでも中継ぎ陣は他投手が不甲斐ない出来に終始し、先発でも中込投手は規定投球回数には届いたものの最多敗&防御率4点台後半と、3番手の役割を果たす事が出来ませんでした。
③名将の招聘に成功
シーズン後吉田監督は最下位の責任をとり辞任。日本一を達成した監督ですらチームの凋落を食い止められなかった事でファンはどん底に沈んでおり、後任監督には1982年から1984年まで監督を務めていた安藤氏やチームのレジェンドである田淵氏の名が挙がるも、見通しは暗いものでした。
しかし球団は1998年10月25日に驚きの発表を行う事に。前ヤクルトの監督で「ID野球」を用いて4度のリーグ優勝と3度の日本一に導いた野村監督の招聘に成功。弱いチームを強くすることに長けた監督の就任で再びファンの間で期待が膨らむのでした。
では
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