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ダニエウ・アウベス 前編~リーガ屈指のサイドバックへ~【特集改訂版】

今回は今シーズン限りのバルセロナ退団が決まったダニエウ・アウベス選手について書いていきたいと思います。

 

1回では書ききれない為、3回に分けていきます。

 

1回目はバイーア~セビージャ(2001~2008)時代です。

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①ユースでの活躍とスペイン行き

ダニエウ・アウベス選手は1997年バイーアの下部組織に移り、18歳でプロデビューを果たします。2001年11月のパラナ・クルーベ戦でデビュー、PKを獲得して勝利に貢献すると、2002年には19試合に出場し将来を期待される存在となります。

すると南米ユース選手権での活躍が多くのスカウトの目に止まり、2シーズンのプレーでスペインのセビージャに移籍します。その後は最初の半年の適応期間を経ると、戦術理解力を大幅にアップさせレギュラーに定着。

更に2003年ワールドユース選手権ではドゥドゥ、ニウマールらと共に準々決勝では日本に5-1で大勝、準決勝ではライバルアルゼンチン、決勝では優勝候補であったスペインを破り優勝。アウベス選手もレギュラーとして大きく貢献し、一躍世界レベルでも注目される存在となります。

 

②リーガ屈指のサイドバック

すると2003-2004シーズンは主力として活躍し名を挙げると、2004-2005シーズンはセルヒオ・ラモスの台頭(当時は右サイドバックでした。)で右サイドハーフとしてもプレー。翌2005-2006シーズンは攻守において躍動し、リーグではアシスト王を獲得。そしてUEFAカップで優勝し、大会最優秀選手に選ばれます。

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積極的にオーバーラップしていく超攻撃的サイドバックとして名を馳せましたが、特筆されるのはそのプレー選択の判断の良さ。サイドに張るだけでは無く時々中に切れ込んで司令塔のように振舞うプレーはこの頃からも見られており、当時フィジカル重視で硬質なチームに変化を与えていました。

また対人守備も優れていた為、リーガ屈指のサイドバックとして評価を確立。ビッグクラブへの移籍が盛んに噂されるようになります。

 

マイコンの壁は高く

このようにクラブレベルでは順調なステップアップを果たしていったアウベス選手ですが、A代表では定着するものの中々レギュラーポジションを掴むことが出来ませんでした。

彼のレギュラーを阻んだのはマイコン。当時インテルでキャリアの最盛期を過ごしていた彼は爆発的な推進力と強烈な対人能力で世界最高峰の右サイドバックとして君臨。

アウベス選手とは持ち味は違うものの、当時のドゥンガ監督はフィジカルとダイナニズムを重視するタイプで、併用されつつも重要な試合には起用されることは出来ませんでした。

また2006年以前は大ベテランのカフーの存在もあり、代表デビューも2006年と彼のブレイクぶりからすると比較的遅く、如何に当時のブラジル代表の選手層が厚かったかが分かります。

 

そんな中アウベス選手にオファーを出したのは名門バルセロナ。ここで彼は運命的な相棒と出会うことになります。

 

では

 

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